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ONE ON ONE : 堀米雄斗 × 堀米亮太「スケボーは、自由にできるもの」

Athletes*

この夏の大会を終えたアスリートたちが、彼らの道のりやスポーツの未来を語る新シリーズ『ONE ON ONE』。最初に登場するのは男子スケボーで世界を沸かせた堀米雄斗。彼の父と共にスケートボード人生を振り返る。

最終更新日:September 2, 2021
この記事は12分で読めます
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この夏、暗い話題ばかりが先行していた世の中で、22歳のスケーター堀米雄斗が起こしたミラクルは、スケートコミュニティのみならず日本中に大きなインパクトを与えた。

私たちが目にしたのは、スケートボードがストリートから『スポーツ』としてもあまねく人々に認められた瞬間だった。これからもスケートカルチャーを担っていくであろう若き日本人スケーターは、スケボーを使って世界を変えてみせたのだ。

スケートボードは、米西海岸でサーフカルチャーから派生し、世界に流行していったストリート文化だ。自分たちの居場所や、自由を求める若者たちによって独自のコミュニティを形成していったスケートボードは、その時代のユースたちのライフスタイルと様々な形で結びつき、現代においても自由でインクルーシブなコミュニティの象徴として、なお発展し続けている。

堀米雄斗は、そんなスケートボードの中心的都市であるLAでも、世界のプロスケーターたちと肩を並べる存在として注目され続けてきた。

東京に生まれ、誰よりもスケートボードに夢中になり、世界の頂点まで駆け上がった堀米雄斗。そして、幼き彼にスケートボードを与えた父・堀米亮太。2人が、原点を振り返りながら、スケートボードに宿る自由な精神と、スケートボードの未来について語る。

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–––雄斗さんが初めてスケボーに乗ったときのことを覚えていますか?

Ryota Horigome: ちっちゃ過ぎて覚えてないと思いますよ。1歳とか2歳で、立てるようになったぐらいの時に僕が乗っていたスケートボードにちょこんと乗せて、でコロコロコロ〜コロコロコロ〜ってして、それを僕の母親とかおばあちゃんが見て喜んでる、みたいな。初めはそんな感じでした。
Yuto Horigome: 僕の覚えてる最初の記憶は、お父さんが行ってる公園に一緒に行ってみんなが滑ってるのを見ながら、スケボーに座って遊んだりとかそんな感じですね。

–––本格的に滑り出したのは?

Yuto Horigome: 6歳くらいです。
Ryota Horigome: それまでは僕が滑るのについてきてただけでした。僕のローカルの人たちが面倒みててくれましたね。

–––今と当時でのスケートシーンに変化はありましたか?

Ryota Horigome: 僕が滑っていた時は、親がまだ介入してなかったです。雄斗が7歳くらいの頃にちょうどパブリックにパークができはじめて、親が子供にスケートボードをやらせるってシーンができはじめてきました。

–––お父さんがスケーターであることをその頃はどう感じていたんですか?

Yuto Horigome: その頃は、そんな楽しくなかったです。小さい頃から滑ってて、バーチカルをずっとやってたんですけど、1人で動くようになってからすごい楽しくなりました。ローカルの大人の人と滑ったり、同年代の子とかと滑るのが楽しかったです。

Ryota Horigome: うるさいですからね、基本。あーでもない、こうでもないって。

Yuto Horigome: そのころはお父さんの方がスケボーできてたから結構言われてました。それでも親とも結構スケートしてたし、仲間と滑る時も技とかかなり練習してたし、楽しくやってました。

–––雄斗さんがスケーターとして独り立ちしたと思ったのはいつ頃でしたか?

Ryota Horigome: 小学校5年生くらいで、バーチカルの第一人者の小川元君が韓国にバーチのコンテストに連れて行ってくれたんです。僕は行かなかったんですが、その時に海外のバーチのプロからも褒められて、そのあたりから雄斗の中で「もう1人で」っていうのが強くなっていったと思います。ただ僕がなかなか離れられなかった。12、13歳くらいに僕の同年代が立ち上げたスケートボードブランドとかに入ってそこで楽しくやってる姿を見て、もう僕は必要ないなと思いました。

–––雄斗さんのスケートを見てるのは楽しいですか?

Ryota Horigome: 楽しいっていうより、自分がやってたから口出ししたくなっちゃうんですよね。

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–––雄斗さんのなかでスケートのスタイルが確立したのはそれくらいの時期ですか?

Yuto Horigome: スケートのスタイルが確立したのは、つい最近です。3、4年前ですね。LAで友達とシェアハウスとかするようになって、服装をすごい気にしたり、ストリートの撮影でもいろいろフィルマーと話し合ったりし始めました。ちょうど同じ頃にNikeのツアーとか一緒に行けるようにしてもらえたので、スタイルも確立してきたと思います。

–––LAに行ったこと自体が、雄斗さんにとって大きかった?

Yuto Horigome: そうですね。LAに行く前はずっととりあえずずっとがむしゃらでした。何も考えずにスケボーしてたって感じですね。

–––LAでプロになることと、日本でプロになること。雄斗さんにとって違いは何だったのですか?

Yuto Horigome: スケートボードのシーン自体アメリカがメインなので、アメリカでプロになることが本当の意味で認められることだと思っていました。世界に知ってもらうためにも、アメリカでプロになることにすごく意味がありました。

–––雄斗さんがLAに行きたいと聞いた時はどう思われましたか?

Ryota Horigome: 僕は行かせたかったんです。行けるチャンスがあるならどんどん行けよって。少しでも長く行かせたいって想いはあったんですが、僕だけの力じゃそこらへんはどうにもならなかったので、コーチで入ってる早川くんとかが中心になって動いてくれて、広がって行った感じです。

–––LAに発つ前の雄斗さんのことをスケーターとしてどのようにご覧になっていましたか?

Ryota Horigome: どんどんスケーターっぽくなってるなって感じで。僕が思ってたよりもスケートボードに熱中しちゃったんでびっくりしてました。

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–––雄斗さんがそこまでスケボーにハマってしまった理由はなんだったんですか?

Yuto Horigome: 親と離れて友達とかともスケボーするようになって楽しくなってきて、新しいトリックを覚えたり、大会で勝てたときとかもすごく嬉しくて。早川さんとかにストリートとか連れていってもらうようになって、ストリートの新しい楽しさもわかってきて、スケボーの奥深さにも気づいて......。どんどんハマっていった感じです。

–––スケボーを続けるモチベーションは?

Yuto Horigome: 辛い時とかもあったりするんですけど、結局スケボーしてないとつまんないなってなっちゃうんで。だから本当にスケボーが好きっていう。それがすごいモチベーションになってると思います。

–––スケボーしない時もあるんですか?

Yuto Horigome: しなかった日もあります。特に怪我した時とかスケボーできないし、やり過ぎて休憩しようってなった時に2〜3日休憩することはあります。まあ、あんまりないですけど。

Ryota Horigome: 多分ほとんどないと思いますよ。覚えてないと思うんですけど、足の指を折ったときも、今回は2週間くらいできないだろうなって見てたら、 お医者さんに処置してもらったところをさらに自分でテーピング巻いたりして、3日目にはもう滑りに行ってたんで。 1週間なんてないよな、休んだこと。

Yuto Horigome: 1週間は、怪我した時くらいですかね。

–––スケボー以外での気晴し方法はありますか?

Yuto Horigome: 友達とゲームセンター行くのも結構好きだったんで、車のゲーム「湾岸ミッドナイト」ってやつをめっちゃやってました。

–––トリックのインスピレーションはどういうところから受けるんですか?

Yuto Horigome: お父さんが小さい頃にスケートのビデオとか見せてくれてたんです。最初は何やってるのかわかんなかったんですけど、そのスケボーのスタイルのカッコ良さとかトリックチョイスがわかるようになってきて、インスピレーションになっていきました。

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–––スケートボードが今夏の大会で正式競技に決定した時はどう思いましたか?

Ryota Horigome: スノーボードのハーフパイプみたいなバーチカルが競技になるのかなと思いました。あれが一般の人にもわかりやすいし、あんまり失敗っていうのもないので。1987年くらいに正式競技になっててもおかしくないレベルにあったのでそう思ってたんですけど、そうじゃなかったですね。
Yuto Horigome: 決まったの2016年だったと思うんですけど、さすがにちょっと遠すぎて全然イメージつかなかったです。逆にストリートリーグとかそういったコンテストが夢だったのでそっちを目標にしていました。

–––雄斗さんにとってストリートと大会の違いは何ですか?

Yuto Horigome: ストリートと大会は違うものではあるんですけど、僕はどっちも好きなので、どっちもやっていきたいってすごい思ってました。逆に両方の最前線で活躍している人がそんなにいなかったので、そうなれるように頑張りたいって思ってましたね。

–––スケートボードのシーンは今後どう変わっていくと思いますか?

Yuto Horigome: スケボーシーンはこれからもっとでかくなると思うし、バスケとか野球みたいなメジャーなスポーツにもなってくると思います。アメリカでは誰でも知っているようなものだし、日本では今回の夏の大会でみんな知ってくれたと思うけど、世界的にはまだまだだと思うので。けど、日本はストリートとかすごい厳しかったりするので、自転車用のレーンとかで普通にプッシュとかできるようになったらいいなあと思いますね。プッシュとかしてても捕まらないようになってくれたらいいなって思います。

Ryota Horigome: スケートボードの一番いいところは、自発的な部分なんで。誰にも何も言われなくても動いていくっていうのがスケートボードの強みだと思うんです。その部分は10年後も変わらないでいて欲しいなってっていうのがありますね。

Yuto Horigome: スケボーは、自由にできるものだと思ってます。最初は親とかからいろいろ言われて、 ただ滑っているだけでした。 でも1人で動くようになって、スケボーは自由にやるものなんだなって改めて実感できました。海外に行くようになってからは、たくさんのプロスケーターに会って、いろいろ刺激をもらったり一緒にストリートとか回ったりして、どんどん成長できたと思ってます。

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–––スケートボードこれから始めたいと思ってる子供たちと親御さんたちにアドバイスはありますか?

Yuto Horigome: これから始める子たちには、まずスケボー買って、やってみて、すごい楽しければどんどん続けて行けばいいし、ダメだったらやんなくてもいいのかなって思うんですけど(笑)スケボーって最初から乗れるものじゃないんですよ、コケちゃう時とかあるし。1カ月くらいしたら段々乗れるようになってくるので、それくらいまでは頑張って続けてみて欲しいです。

Ryota Horigome: 自発的な部分を育てるっていうのが、親御さんも楽だと思いますね。神経とがらせながら子供を見てしまったりすると子供も親に怒られないようにスケートボードしようとするんですよ。それはある意味上達にも繋がるのは間違いないんですけど、どっかで頭打ちきちゃうんですよね。それよりも自発的に動いた方が、いろんなことを自分で考えるようになるので、長い目で見るとそっちの方がいいと思います。

Yuto Horigome: とりあえず子供が好きなように、楽しくやらせてあげるのがいいかな。僕のお父さんはスケボーできたんで、僕は教えて貰えたんですけど、スケボーあんまりわからないお父さんお母さんが子供に教えるのはなんか違うのかなとちょっと思いますね。

–––最後に、雄斗さんの新しい目標を聞かせてください。

Yuto Horigome: 今続けてることのもっと上を目指したいです。スキルのレベルアップとか、ストリートパートでももっといいものを残せるように自分を成長させていきたいです。


写真: Houmi
イラストレーション: ダニエル・セマナス

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