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デザイン誕生まで

エア ジョーダン 4 MOTORSPORT
NBAのチャンピオン、映画スター、CEO。マイケル・ジョーダンのストーリーを知らない者はいない。ファンは、彼の残した記録や、着用したすべてのスニーカーを暗唱できるだけでなく、小さなアイテムや出来事まで記憶している。しかし、そんな最も熱狂的なファンにさえ、ほとんど知られていないことがある。それは、彼のモータースポーツに対する情熱だ。NBAに入る前からモータースポーツが大好きだったジョーダンだが、シカゴ・ブルズへの入団の際に、バイクには乗らないという契約にサインしている。あまりにもリスクが大きいためだ。だが、契約を交わしても彼の情熱は衰えることなく、時間を見つけてはこっそりと乗っていた。大好きなモータースポーツともっと関わりたいと考えたジョーダンは、2004年、数十年のキャリアを持つレーシングチームのマネージャー、ピート・マウハーに連絡を取り、できるだけ早くチームを作ってほしいと伝える。自分がバイクに乗れないのなら、せめて自分の名前だけでもバイクに載せたかったのだ。
「知らない人から電話があって、マイケル・ジョーダンがレースの世界に進出するのを手伝う気はあるかと聞かれたんだ。かなり変わった電話だったよ」マウハーは回想する。「友達が冗談でかけてきたのかと思ったんだ」 しかし、冗談などではなかった。 その電話から5週間ほどで、マウハーと彼のチームはジョーダンのチームを編成。これは、通常なら半年以上かかるタスクだ。しかも、編成がおこなわれたのは1年の最初のレースであるデイトナの開幕直前。ほとんどの機材、ライダー、スタッフがほかのチームに取られていたため、ジョーダンとマウハー、およびそのスタッフは、手当たり次第に機材と人材を集めた。
マウハーがチームの編成に取り組む間、ジョーダンはNikeのイノベーション部門でシニアクリエイティブディレクターを務めるマーク・スミスに連絡を取った。ジョーダンは、チーム用のギアのデザインをスミスに依頼したいと考えていたが、まだその肝心なチームができていない。そこで彼は、自分用のレーシングスーツが必要とだけ伝え、スミスはジョーダンのサイズや特徴に合わせて製作を開始した。デザインについて何度かやりとりを重ねたあと、ジョーダンはついに事実を打ち明ける。「実はチームを持っていて、3週間後にはレースに出場する。だから、それまでに完成させる必要があるんだ」一瞬ぼう然となったスミスだったが、ジョーダンの期待に応えた。 彼は、バイクのスタイルやスーツだけでなく、チームに関連するあらゆるものをデザイン。ジョーダンチーム用のスニーカーまで製作した。
「このシューズは、スニーカーファンを熱狂させるために作ったんじゃない。僕はそういうことはしない」スミスは説明する。「これは、このチームのメンバーのためにデザインした。うまくいけば、バイクにもパドックにも映えるからね。僕は物事を写真のように見るんだ。バイクとスニーカーの組み合わせなんて最高だと思ったよ。だからマッチするものを作った。シューズを作る動機として十分だと思う」 いくつかのチーム用スニーカーをデザインしたあと、スミスは2006年にブラック、ホワイト、ロイヤルブルーを使ったエア ジョーダン 4を発表。このシューズは現在にいたるまで、コレクターたちの間で最も人気の高いジョーダン スニーカーの1つとなっている。 そして今シーズン、この人気のシューズが一般向けに販売されることが決定。当初はごく少数のエリートグループ向けにデザインされた一足が、今年、すべての人のために再登場する。